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京都二條園2077

かぐや姫以来、初?の京都のSF小説。2077年を舞台にした京ことばによる奇想天外なストーリー。毎週火曜日更新!!はじめてお越し頂いた方は、「第一章・第一話 その1」からお楽しみ下さい。
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申し訳ございませんが...。

都合によりしばらくアップ出来ません。
再開のメドがたち次第「もっと!もっと!京ことば」ホームページにてお知らせ致します。
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第一章・第九話 その2「宇宙船クルー面接の朝」表にたんとの人、待っといやすえ

 輝斗が朝食を摂っている間に、弥生とミヤコが、二條園の喫茶スペースの机や椅子を並べかえていました。一度に10名位の面接が出来るようにするためです。
 なんせ200人を越えそうな希望者が待っているのですから...。

 輝斗は、村田くん特製の味噌汁をすすりながら、『先にちょっとふるいに掛けたほうがよさそやな...。』と考えておりました。
さっさと食べ終え、つま楊子をくわえている輝斗の横で、
「いやぁ、『まったり』しておいしいですなぁ。『まったり』っちゅーのは、まさにこうゆーモンのことやなぁ」
と自分が作った味噌汁を賛嘆しきりの村田くんに
「...なぁ、村田くん。自分、拡声器かなんか持ってへんか?」
と、聞きました。
「拡声器ですか? 拡声器はおへんけど、僕の声量ボリュームを上げれば、代わりにはなる...思いますけど」
と、村田くん。
「ほう、声量ボリューム? は~っ、ほんまになんでもできんにゃなぁ。ホナ、外に出たら、ワシがゆー事をボリューム上げてくり返してゆーてくれっ、な。」
「へぇ。お集りのみなさんに聞こえるようにするっちゅーこっとすね」
「そーゆーこっちゃ。ハヨそれ飲んでしまい。ほれ、行くで!」
 村田くんは名残惜し気に味噌汁を飲み干した後、二人は椅子を一脚持って外へ出ました。店の前に椅子を置いた輝斗はその上に乗り、村田くんに
「ほな、たのむわな」
と囁き、すーっと深く息を吸い込んだ後、大行列に向かって話し始めました。


「え~~~、お集まりのみなさん。」
村田くんが続けます。
「え~~~、お集まりのみなさん。」
『船長、こんなモンでよろしか?』

村田くんは小声で言ったつもりでしたが、ボリュームはマックスのままでしたから、彼のよけいな声が大きく響き渡ってしまいました。
 大行列からはクスクスと笑い声が聞こえて来ました。輝斗は、まだ起きたてで腫れぼったい目でギロリと村田くんを睨み付けると、彼は『す ん ま へ ん』と
口パクで返事をしました。

 ふふふ。何でも出来る素晴らしいアンドロイドですが、かわいい所もあるようですね。

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第一章・第九話 その1「宇宙船クルー面接の朝」表にたんとの人、待っといやすえ

 翌朝、輝斗はハシリ(台所の流し台)から聞こえてくる都々の楽しそうな笑い声で目を覚ましました。時計を見るとすでに8時を少し過ぎていました。普段は弥生が7時前には起こしてくれるのですが、今朝は昨日の疲れを気遣ってか、そのまま起こさずにいたようです。
 あわてて作務衣に着替え、台所に向かうと、サロンエプロンをした村田くんと都々がハシリに立っていました。
 どうみても寸足らずの弥生のエプロンを着けた長身の村田くんの姿をみて、輝斗はプッとふきだしてしまいました。

「ぷっ? 村田くん。自分、何してんにゃ?」
「あ、船長。おはようございます!」
「あぁ、おはよう。都々もおはようさん。ほんで、何してんにゃな?」
「お兄ちゃんな、おみそ汁作ってくれたはんね。なー」
隣にいる都々が答えました。
「おみそ汁?て、村田くん、そんなモンまで出来んのかいな?」
「へぇ、奥さんのおてったいさしてもらお、思いまして。」
台所でお膳を拭いている弥生が、
「いやぁもー、さっきんおネギ切ってもーたらね、も~うびっくり。
あっちゅーまに切ってしまわはってねぇ」
「うんうん、すごかってん!。手品みたいやった~!」
都々はすっかり村田くんになついているようです。
「ついでにおみそ汁も作らしてもーてるんです。ボク、京都は白いお味噌やて頭ン中ではわかってるんですけど、白味噌のおみそ汁は初めてなんですわ」
と、嬉しそうにおタマの中の味噌をかき混ぜています。
 輝斗は、昨夜京子が『この子には私の記憶や経験がデータとして組み込まれてますのえ、ふふふ。』と言っていたのを思い出しました。

 美味しそうな匂いが立ちこめ、朝食の支度が出来た頃、表玄関の掃きそうじ(京都では朝に自宅の前の公道を掃除する『かど掃き』という習慣があります。)を終えたミヤコが、台所へ戻って来て
「輝ちゃん。もう表にたんとの人、待っといやすえ」
と言いました。
「んあっ? 今日はまたなんでしたんかいな。」
「輝ちゃん何言うといやすのん。面接ですやん、め・ん・せ・つ」
「ああぁ!そやったわ」
と、輝斗が店の玄関を見に行くと、ざっと見た限りでも200人程の人が集まっています。
「うわぁ~こらエライこっちゃ!」
昨日も『二條園デバー』飛来騒動で見物人が大勢ごったがえしておりましたが、今日の人達は、お行儀良くまっすぐ一列になって静かに並んでいます。

「こらアカン。今日は10時の予定やったけど、皆さんを待たすのんは気の毒なし、ちゃちゃっと食べて始めよか!、な!村田くん。
あれ?ワシのお箸どこやった?あれ...お箸どこや?」
とすっとんきょうな声を出しながら自分の箸箱を探し、お膳の上に置いてあるのを見つけ、手に取りました。
「ああ! こんなとこににあったわ...」
「きゃはは、お父ちゃんいつものとこにずっと置いたったのに...ふふっ」
都々の笑い声を聞きながら、
「ワシ、先ヨバレルで。いただきます!」
と慌てて朝食を食べ始めた輝斗でありました。

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第一章・第八話 その5「船長・輝斗の決心」輝ちゃんのエエように、おしやしたらよろし

 ふと何かを思い出したように真顔に戻った輝斗が、ボソッとつぶやきました。
「...。そやけど都々は寂しないやろか? なんしかまだ小さいサカイに」
 しばしの沈黙の後、ミヤコはうんうんとうなずき
「どっかで聞いたようなセリフやなぁ、と思たら、京太郎兄ちゃんも昔、今の輝ちゃんとおんなし事お言いやしたなぁ...。」
「...お父ちゃんが...。」
「ふん。えらい心配しゃはってなぁ...。家族、親戚はもちろん、ガッコのセンセにまで頼みに行かはったんえ。『輝斗のこと、よろしゅうたのんます』て...。
そやけどな輝ちゃん、都々ちゃんと弥生はんの事やったら、ウチにまかしとき。な!」
 いつもはやわらかい口調のミヤコが、めずらしくきっぱり力強く言い切りました。驚いた輝斗は嬉しそうな顔をして、
「おおきに、おばちゃん...。おばちゃんにそーゆーてもろたら、心強いわ。ホンマおおきに」
「何ゆーてんの?。せーだい、おきばりやす」

 ミヤコの手を取り、頭をさげていた輝斗がぽつりとつぶやきました。
「なぁおばちゃん。ついでにもひとつ聞くけど、これからさきの人生て...。もう決められてしもてるんやろか?」
「...。さぁ...、どうなんやろねぇ。決められてはいいひんのやろけど...。なるようにしかならへんのとちゃいまっしゃろかねぇ。」
「なるようにしかならへん...。ま、そら、そやろけど」
「ふぅん。まぁ、ウチは、ぽーっと生きて来た気ぃもするけど、あーする、こーするゆーのんは、なんやしらんまに自分で決めてんにゃろねぇ。そやけど、それが吉と出たり、凶と出たり...。今までいろいろおしたしなぁ...。」
と言った後、過去を振り返っていたのかしばらく間を置いてから、話を続けました。

「ものすご大事な事がすぐに決められる時もあるし、しょーもない事がなかなか決められへん時もある。そうかとゆーて、なんとのう決まってしもてたゆー事もあるし。
なんや上手い事、よー説明出来ひんにゃけど、
最後は輝ちゃんの思うようにおしやしたらよろしのとちがいまっしゃろか?」
「ふぅ~ん...。」
「ぷっ。いや! 宇宙船の船長さんに向かってえらそうな事ゆーてしもて...。ふふっ。ごめんやっしゃ」
ミヤコは風呂上がりですでに上気させていた顔を、さらに赤くして照れくさそうでした。

 今のミヤコの言葉を聞いて、輝斗はさきほど京太郎が言っていた『お前の思うようにしたらエエ』というセリフを頭の中で思い出し、『そや、何も強制された訳やない、ワシが決めたらええんや!』と考えるようになりました。
するとずいぶん気が楽になったようです。どうやら、いつもの前向きの姿勢を取り戻したのでしょう。

「いや、おおきにおばちゃん。おばちゃんのゆー通りや。
ワシ、なんや、ひねくれて変な風に考えてたんかもしれん。」
「そら、今日は、普段めったにあらへん事が立て続けに起こったんやさかい、しょがおへん。
さ、ホナ明日もあることやし、そろそろ寝まひょか? おやすみやす。」
「へぇ、おやすみやす...。」

 輝斗は階段を降りながら、『未来の映像なんか見せられたら気持ちがニブリよんな、これからはあんなモンは見ん事にしよ。うん、その方がエエ。』と、考え、自分を巻き込んでいるこの大きな流れに、身をまかせてみようと固く決意したのでした。

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第一章・第八話 その4「船長・輝斗の決心」輝ちゃんのエエように、おしやしたらよろし

 輝斗が一階の居間に戻ると、さきほどまでそこにいたミヤコの姿が見えません。
「あれ?おばちゃんは?」
と弥生に聞くと
「輝ちゃんに悪いけど、先にお風呂入らせてもらいますて...。」
と、小さな声で答えました。弥生の膝まくらで、都々はすやすや寝入っています。
「よー寝てるな」
「へぇ、今日は、よっぽど気ぃ張ってたんどっしゃろねぇ...。さっき『お父ちゃん、まだやろか』ゆーて、ひっついてきたと思たら『ねぶたいー』ゆーて、ゴロン...。」
「ふっ。そうか...。」

 輝斗は都々を抱えて二階の子供部屋へと運んで布団に寝かし、心地よさそうにすやすやと眠っているまな娘をしばらく見つめていました。こうしていつものように、安らかな寝顔を見ていると、急に現実に引き戻されたような気がしてきました。
 今日という非現実的な一日を振り返ってみると、今朝の一枚の注文書から始まった一連の騒動は、まるで夢の中の出来事のようでした。
『ワシが宇宙なんか行ってしもたら、家族はどーなんにゃろなぁ...』
 その長い長い一日が、終ろうとしている今、ようやくしみじみ考える時間ができたのでした。

 突然、『宇宙へ行け』と言われ、またその理由というのが『未来からの映像に映っているから』だなんて、自分の意志とは関係のないところで、勝手にすべてが決められてしまっているようで、ちょっとイヤな気分になってきたようです。
 また、本人の自覚はないようですが、今までずっと音沙汰のなかった両親・親戚から何も知らされないまま、急に言われたというのも反抗心を持った原因のひとつであることは、間違いなさそうです。
 
 しかし、あの宇宙空間から送られて来たという映像の中に、ものすごく楽しそうにしている自分の姿があったのも確かな事実なのでした。

「輝ちゃん。お先ぃどした。今日はお疲れさんどしたねぇ」
振り返ると、風呂上がりのミヤコが立っていました。輝斗は都々の部屋の扉をすぅ~と後ろ手に引き、廊下に出ました。
「なぁおばちゃん、ワシノワシがおらんでも、店、大丈夫やろか?」
「ふん...。そら、なんとでもなりまっしゃろ? 
輝ちゃんも、若いジブンには、ヨーお店ほったらかして、ぷいっと外国に行ったりしといやしたやん。」
すっかり忘れていた昔の事をふいに言われ、
「んぁ。...。あぁ、そういう時期もあったなぁ...ははは。」
と、照れ笑いを浮かべていました。

 輝斗の若かりし時代には、いろいろと面白い事がありそうですが、それについては、またいつか機会があればお話するといたしましょう...。

「あぁ、そやった! お店ゆーたかて、肝心の売りモン『お茶』がおへんがな! ぜ~んぶ、船長はんが宇宙へ持って行かはんにゃしぃ~」
「ん?...。くっくっくっ! あぁ、そや。そやったなぁ」
「来年まで、売るもんなんか、な~んにもあらしまへんやんか」
すぐそばで寝ている都々と奥にいる村田くんを起さないよう、二人は声をおさえてクスクスと笑い合いました。

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第一章・第八話 その3「船長・輝斗の決心」輝ちゃんのエエように、おしやしたらよろし

 さてどうしたものかと村田くんは、布団を前にして、一人立ちつくしておりました。
 そもそもアンドロイドである彼は、眠らなくてもいいように設計されていました。それに常に最適な状況に体内環境を設定されている村田くんにとって、布団は物理的に必要ないのです。
 しかし、消費エネルギー節約のため、主電源をカットし、パイロット動力のみを稼動させる『待機電源モード』に設定する事は可能で、その間にもともとインプットされている膨大な量の『知識データ』と、村田くんが実際に回収した『サンプルデータ』を組み合わせて、一種の『ストーリー』を無作為に作成し、マザーボードへ書き込む作業をする事も出来ます。この、人間でいうところの『夢を見る』プログラムは、二條京子が考案したものでした。
 今までの彼は、研究室の一角の椅子に座った状態でその作業をしていましたし、贅沢に個室をあてがわれた事も初めての経験でした。

 今日一日、いや、数時間を輝斗と一緒に過ごしてみて、一度言い出したらきかない『彼の頑固さ』を目の当たりにしましたし、言う事を素直に聞かない時には『機嫌を損ねる』傾向も感じとっていました。今日のところは彼と、二條家の人達のせっかくの好意に甘える事がベストだと判断し、布団の横に置いてあった糊のきいた浴衣を手に取りました。さっそく広げて袖を通してはみたものの、さすがに長身の体型には短いようでしたが、とりあえず帯をぐるっと巻いてちょうちょ結びにして、電気を消して布団に入ってみました。
 
 初めて布団というものに横になってみた村田くんですが、いつもの椅子とちがってこれはこれで気持ちがいいものでした。『ふぁ~っ、ふとんて、あったかいモンなんやなぁ...。節電にもなりそやし...。これはクセになるかもしれへんなぁ...。ふーっ、そやけど船長は、想像してた通りの人やったなぁ。
僕のこと人間とおんなしよーに扱こーてくれはる...』
 
 彼は、今日初めて出会った輝斗とその家族の事を、自身のマザーボードに書き込むために村田君は新しい分類コードを作成しました。それは今までには無かった『家族』というコードでした。
 この夜、そのフォルダには、村田くんと二條家の人々とのほのぼのとした楽しい夢が、めいっぱいに書き込まれていったのでした。
 もちろん、当の本人は知りようもありませんが、幸せそうな微笑みを浮かべて眠りに付く事も、彼にとって初めての経験でした。

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第一章・第八話 その2「船長・輝斗の決心」輝ちゃんのエエように、おしやしたらよろし

「いえいえ、ボク布団はいらしまへんね。
椅子かなんか貸してもうたら、そこで休ましてもらいますし」
と、丁寧に断りました。
「何、遠慮してんにゃな、ちゃんと布団で寝なあかんで」
と、輝斗が言っても
「いえ、僕ホンマ、大丈夫なんですわ」
と、柔らかく返す村田くん。このあたりの丁寧な遠慮の仕方は、生粋の京女である二條京子のプログラムが影響しているのです。アンドロイドである彼は布団に横たわって寝る必要などないのですが、そんな事情を知らない輝斗は、
「アカンアカン。何言うてるんや」
と一歩も引きません。
「いえいえ、ボクなんかにそないに気ぃつこてもらうのは気の毒です。もったいない事ですわ」
「なんにも、もったいない事あらへんて。遠慮したらアカンで」
 
 酔っぱらいの押し問答みたいな二人の会話に気付いたタクシーの運転手さんが割って入りました。
「ところでそちらのお兄さん。スポーツかなんか、したはりますのんか?」
不思議に思った輝斗が
「ハァ?...なんでそんな事聞かはりますねン?」
と、聞き返すと、
「いや~、そっちのお兄さんの方だけ、車体がエライ沈んでまっしゃろ?『おすもうさん』が乗らはった時みたいですわ。そやけど見た感じはスラーッとしたはるし...。体でも鍛えたはんのやろか?思いましてな」

そう言われてみれば確かに村田くんが座っている車の右側だけが極端にローダウンした状態で走行していたのです。驚いた輝斗が
「村田くん、自分、体重何キロあんにゃ」
と尋ねると
「体重ですか?へへっ、ボク、こー見えて、120キロほどありますねん」
と恥ずかしそうに答えました。
「120キロォ~?」
輝斗とタクシードライバーは大声を上げました。

身長は182cmとかなり高いのですが、もしスポーツ選手であったとしても『高跳び』や『棒高跳び』に違い無いと推測されそうな細身の体型は、どう見ても、せいぜい70キロくらいにしか見えません。

「なんしか体の中に組み込まれてる部品が重たいみたいで...」
と、輝斗に耳打ちし、頭をポリポリかいている仕草は、ますますもって人間くさいアンドロイドの村田くんですが、中身はずいぶん人とは違うようです。

 ほどなくしてタクシーは二條園に着きました。この後に及んでも、まだ遠慮している村田くんを、輝斗は『エエさかい、二階へ上がれ』と怒ったフリまでして、二階の一番奥の部屋に連れて行きました。そこには二條家で一番上等の来客用布団がひと組、敷いてありました。
「今日からここが自分の部屋や。なんでも好きに使てくれたらかまへんしな。ほな、明日また起こしにくるサカイ、それまでゆっくり休みや。」
と輝斗は言い残し、階下へ降りて行きました。

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第一章・第八話 その1「船長・輝斗の決心」輝ちゃんのエエように、おしやしたらよろし

「ええ~? インド?」
「ははは、エエやろ~。今からカナダ行って『ナイアガラの滝』見てくるし。」
子供が自慢話でもしているような、父の声でした。この時輝斗は『二條園デバー』を北インドのサヘート・マへート上空に停止させ、電話をかけてきていたのです。
 しかし、父が『二條園デバー』で出発したのはたった今しがた。せいぜい10分か15分くらい前のことです。都々はまだ小学校一年生ですが、『インド』がおじいちゃん、おばあちゃんのいる『アメリカ』と同じように、遠い異国のことだという事は理解していました。

「え~お父ちゃんスコイわ~ ウチも連れて欲しかった~。」
「はははっ。都々は明日ガッコあるやろ?
また今度、休みのヒムに、ゆっくりつれたるサカイに...。」
「ホンマ? 約束してや」
「よっしゃ、約束しよー。
お父ちゃんも、ジキ帰るさかい、都々は寝とくんやで」
「うん、わかった。......うん。......うんうん、わかった。お母ちゃんにゆーとく」
「あっ。もしもし...お父ちゃん?もしもし?。もぉ~、カナンなぁ~。」

 自分の言いたい事だけを話して電話を切ってしまった父に、ちょっとあきれ顔の都々でしたが、受話器を置くと弥生の元へ駆け寄りました。
「お母ちゃん。お父ちゃん、村田くんの布団用意しといてて、ゆーたはった!」

 宇宙空間では超光速での走行が可能だという『二條園デバー』は、地球上でも光速に近いスピードで、自由自在に世界中の空を一瞬で飛び抜けることができる『ハーモナイズ・ダイナモ』とよばれる動力が使用されており、抵抗も揺れもほとんど感じる事の無い、この上なく快適な乗り物でした。
 京都からインドのサへート・マへート、アメリカのニューヨーク、カナダのトロント、最後にアラスカのフェアバンクスに立ち寄り京都に戻るという、ナイトクルージングを楽しんだ輝斗と村田くんでしたが、その所要時間はわずか一時間足らずの事でした。

 京都市内中心部にある『二條園』から出発した二人でしたが、帰りは京都の東山にある『東野宇宙開発研究所京都出張所』(通称『将軍塚宇宙センター』)内に『二條園デバー』を停泊させました。
同センターは、出発までの今後しばらくの期間、彼らのホームとなります。
 センターから「三つ葉マークのタクシー」に乗り、二條園への帰路についた二人は、車中で
「村田くん、今日はホンマおおきに。ものすごおもろかったわ。」
「そら良かったです」
「なんちゅーても、あのマンハッタンの夜景は一生忘れられへんで~」
「へぇ、そやけど、最後に行った北極のオーロラも迫力ありましたね」
「そやな。あれも綺麗やったなぁ...。 
ああそや。ウチ帰ったら、布団用意してっさかいに、今日はゆっくり休んでや」

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第一章・第七話 その5「え?しらんかったん?」ニューヨークまでじきどっせ

 輝斗は『ほ~っ、飛ぶんやのーて消えてしまうんやなぁ... はぁ、乗ってみたいモンやなぁ』と思いつつ、宇宙船が消えていった空を名残り惜しそうに見つめていると、後の人だかりから、
「きゃあー?」
「いやん、かっこいい!」
「お名前はなんとおっしゃるんですか?」
という若い女性の声が聞こえました。

 輝斗が、『むっふっふ...。さてはワシが船長と知って、もうファンがでけたみたいやな』と、とっておきの笑顔で黄色い歓声がした方を振り返ると、そこには高校生くらいの若い女の子達にぐるり囲まれて、ちょっと困惑しているような村田くんがいました。

『なんや、村田くんの事かいな...。ま、そらそやな...。』がっくりと肩を落としてしまった輝斗でしたが、女子高生の取り巻きをかき分け、輝斗の前に立った村田くんは、真直ぐに彼を見つめて言いました。

「さぁ、船長行きましょう。」
「ん?...さぁ行きましょうて、どこ行くんや」
「ふふふ。これから『二條園デバー』で、ナイトクルージングですよ」
「ふおぉっ!乗れるんか?
そらエエ、そらエエわ!
ワシ、ハヨ乗ってみたかったんや」
またしても輝斗の心の声を、いち早く察知したかのような、村田くんの提案に、輝斗はこれ以上はないというくらいにうれしそうな顔をして、手を差し出しました。
「これから、よろしゅうたのむわな」
「はい船長! こちらこそ、よろしゅうおたのもーします!」
と、村田くんも目をかがやかせて輝斗の手を取り、うっとりするほど美しい笑みを浮かべて答えたのでした。
 この時、さきほど村田くんを取り囲んでいた女の子たちからため息とも悲鳴ともつかぬ声がこぼれていたのは言うまでもありませんが、二人の耳には届きませんでした。この時二人は何も口に出しては言いませんでしたが、宇宙でのパートナーとして固い握手を交わしていたのです。

 その後、村田くんは、見物の群集に向かい
「みなさん、エライ遅までお騒がせしてすんまへんどしたなぁ。どーぞお引き取り下さい」
と、大きい声で呼び掛けましたが一向に人だかりは、その場をはなれようとしませんでした。ふぅ...と一息ため息をついた村田くんは、リストバンドを操作すると『二條園デバー』下部扉からビームが降りて来ました。
輝斗はミヤコと弥生、都々の3人に
「ほな、ちょっと行ってくるサカイに」
と言い残し、村田くんと共に『二條園デバー』から発せられるビームに吸い込まれていきました。機体は上昇した後、『金閣』と同じように心地よいハーモニー音を奏でながら、西の空へと消えてしまいました。

 それを見上げていた群集は、一人、また一人と、次第に帰り始め、ようやく二條園界隈はいつもの静けさを取り戻しました。

 残された家族の3人は『お父ちゃんらどこ行かはったんやろ?』と、しばらくあっという間に消えてしまった西の空を眺めていると、二條園の電話が鳴りだしました。こんな遅い時間にいったい誰からだろうとミヤコと弥生が考えている間に、都々が
「ウチが出る~。」
と走って店に戻り、「はい、もしもし~。」と嬉しそうに受話器を取ると

「あぁ~もしもし、ワシやワシ。都々か?」
「うん。お父ちゃん、今どこにいんのん?」
「ははは。今、お父ちゃんな、
インド来てんねん、インド。」

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第一章・第七話 その4「え?しらんかったん?」ニューヨークまでじきどっせ

「ええ~っ! ニューヨークまで15分?」輝斗は驚きのあまり、後ろにのけぞりました。
 会長は続けます...。
「実際の飛行時間はたったのワンセカンドなんだけどね。フフフッ
いろいろと細かい準備にちょっとタイムロスしちゃうんだよねー」
「え? ワ、ワンセカンド...て1秒? え?1秒?」
 輝斗の身体はさらにありえないほどの角度にまでのけぞりました。ギシギシと叫びをあげていた輝斗の背中を押しながら京太郎は
「ま、明日の面接を済ましたら、本部に遊びに来たらエエ」
と言い、元の姿勢にまで戻してくれました。

 輝斗は腰をさすりながら
「そやけど...、部外者がそんな簡単に研究所の中に入れてもらえるんか?」
と聞くと、武士会長が
「輝斗くん。今までセキュリティがハード過ぎてすまなかったね、長い間、寂しい思いをさせて本当にすまなかった。だが、もう全てが完成したからザッツオーライなんだよ。なんなら都々ちゃんや弥生さん、ミヤコちゃんも来ればいい」と答えました。
 
 帰り仕度を済ませた一行は、ぞろぞろと奥の間から店の玄関の方へと向かいました。木戸を開け、一歩外に出ると『二條園』の店先は、やはり人込みでごったがえしており、加えて報道陣や警備隊、消防車まで集まって、よりいっそう賑やかな状況になっておりました。

『なんや、さっきんより人がたんと増えたよう...な...。 へえ???』
二條園上空を見上げた輝斗は驚きました。『二條園デバー』の横に並ぶように同型のゴールドコーティング仕上げの会長専用機『金閣』が空中停止していたのです。

 これからアメリカに帰る4人は、都々をかこんでしゃがみこみ
「都々ちゃん。今度はおじいちゃん、おばあちゃんトコにおいないや。」
「みなで待ってるしな」
と、都々の頭を優しくなでていました。

 京太郎は金ピカの会長専用機『金閣』にリストバンド型のコントローラーを向けて、なにやら操作をしました。すると、停泊していた宇宙船の下部扉がゆっくりと開き、クリーム色のやわらかいビーム光が地上に降りてきました。武士会長は
「グッバイ、さらばじゃ輝斗君」
と言い、そのまま空中に浮き上がりました。そして『金閣』に、ゆっくりと吸い込まれていったのでした。
 見物に集まっていた大勢の人々から『おおっ』という、どよめくような歓声を上がっています。
続いて、京子、ミヒルも
「おやかまっさんどした~」
「おおきになぁ、また遊びにおいでや~」
といいながら、次々とビームに吸い込まれていきます。
最後に京太郎が、
「輝斗、村田くんの面倒キッチリみたってや、たのむで~」
と言いながらまた『金閣』に吸い込まれていきました。

 それから、ビームそのものが『金閣』の機体に吸い込まれるようになくなると同時に下部扉が閉まり、機体は上空に高く舞い上がりました。しばらく、輝いたり暗くなったりをくり返しているうち、突然にまた例の心地よいハーモニー音が聞こえたかと思った瞬間にまるで流れ星のように東北の方面に消えてしまいました。

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第一章・第七話 その3「え?しらんかったん?」 ニューヨークまでじきどっせ

『ワシの思うようにて言われてもなぁ...。』
と、輝斗が考え込んでいると、京太郎が何かを思い出したかのように
「あっそや、輝斗。『日影さん』を紹介せなあかんなぁ。」
と言いました。
「日影さん?」
「メカニックの担当者や。すご腕の持ち主やで。なんしか『ビッグポッド』内外部のメンテナンスをたった一人でやってしまうにゃからな。」
「へぇ~~~。」
と返事をしたものの、輝斗には『ビッグポッド』とやらがどんな代物なのか検討もつかなかったので、それがどんなすごい腕の持ち主なのかももちろんわかっていませんでした。

「ほんで、明日の面接の事やけどな。段取りは村田くんに任せといたら、どもあらへんし。」
ズズッとお茶をすすり、上等のワインを楽しむかのように舌の上でお茶をころがすような仕草をし
「あぁ、やっぱり京都のお茶はおいしいなぁ...。」
しみじみ味わっている京太郎でありました。

 そこへミヒルが二人の間に割って入りました。
「お父さん、そろそろ行きまひょか...て、京子姉さんゆーてはるんやけど...」
時計を見ると、もうそろそろ日付けが変わる頃、23時50分になろうとしていました。

「ああ、もうこんな時間か、こらアカン。」
と言って、バタバタと帰り支度を始めた京太郎に、輝斗が信じられないという顔をして
「今、帰ってきたトコやのに、どこ行くつもりや」
と問いました。

「すまん...。今日は、このプロジェクトをな、一応ニューヨークでプレリリースしてから京都まで来たんやけどな。現地EST(東海岸標準時)で、今日の朝の11時からワシントンで、緊急会見ちゅーのを開くことになってしもてなぁ。ほんで今からトンボ帰りせなあかんちゅー訳や」
「え~~~、今からアメリカに戻って今日の朝の11時から会見て...。んん?なんやややこしけど...。あぁ、時差の関係で間に合うんか?」

 すると、京太郎の横に座っていた武士会長が立ち上がり
「輝斗くん、今日本は夜の0時だが、ESTではまだ朝の10時なんじゃよ。」「今、朝の10時??? 11時に会見て...。絶対間に合わへんやん!」
武士会長はそのセリフを待っていたんだとばかりににんまりと笑いました。

「...輝斗くん。『二條園デバー』にライディングすれば、たったのフィフティーンミニッツで我がホームまで帰れるんだよ」
「フィフティーンミニッツ...。
ええ~っ! 15分?」

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第一章・第七話 その2「え?しらんかったん?」 ニューヨークまでじきどっせ

 ミヒルは孫、都々のまんまるした目を見つめ、
「そうえ~。積もるまで降るゆー事はそうそうあらへんかったけどな。比叡おろしが吹いて寒い日ぃにはな、真っ白い雪がよう降って...、そらぁ綺麗なもんやったんえ~。」
とやさしく言いました。
「ふ~ん。比叡おろして何?」
「ん? 比叡おろしゆーたらなぁ。比叡山から吹くちべたーい風のことや。比叡おろしが吹いたら、そらさぶかったんえ。」
「ウチ、雪、見た事ないねん。ウチも雪のつもった金閣寺、いっぺん見てみたぁ~いぃ!」
と、都々がダダをこねたように言うと、武士会長が
「そうそう、ミヤコちゃんも『ウチも雪のつもった金閣寺、いっぺん見てみたぁ~いぃ!』といって聞かなかったんじゃよ。はははっ
それで仕方なく3人で初デートに行ったという訳じゃ」

 一同はなごやかな雰囲気の中、当時を振りかえりながら、会話をはずませていましたが、輝斗一人だけは求人広告を食い入るように見つめていました。
「年齢とか性別とか...。条件とか適正とか...。」
なんやらブツブツつぶやいていたかと思うと、おもむろに求人広告から顔を上げ、横に座っている京太郎に聞きました。
「なぁお父ちゃん、この『宇宙船内での軽作業』て、何すんにゃ?」
「んぁ?お茶のな、袋詰めやらなんやら、ま、雑務一般や」
「ふ~ん。ほな『時たま販売』ちゅーのは?」
「配達先の惑星で、直売会があった時のためや」
「配達先の惑星で直売会て...。卸すだけやのーて、そんなんまでせんならんのかいな?」
「さぁ?...。どやろなぁ...。」
と、はぐらかすような返事です。

 どうやらこれから起こる事態を詳しく話してくれそうにはありませんでした。もしかしたら、例の未来からの映像に『そういうシーンがあったのかもしれへんな。』と考えた輝斗は、質問を続けます。

「ほな、『簡単なロボット操縦者』て...。これどんなロボットなんや?」
「ふっふっふっ。ま、ゆーたら作業用ロボットや。誰でも簡単に動かせるように出来たんねん」
「ふ~ん?...。それフォークリフトみたいなモンか?」
「フォークリフトなぁ...はっはぁ~、ウマい事ゆーたモンや。そうそう、ゆーたらそんなトコや...。ま、ワシが設計したんやけどな、これがまた結構イカツイのもあんねン、実物は来週にでも見にきたらエエ」
「ははは。イカついフォークリフトか...。へぇ~なんやおもろそうやなぁ。お父ちゃん、むかしっからプラモデルやら好きやったもんなぁ~」
「はははっ、お前ヨー知ってるやんケ...。」
とうれしそうに笑った後、急に真剣な表情で、輝斗の目をまっすぐに見て続けました。
「...輝斗。宇宙船に関するモンは、なんしかお前の為に作ったようなもんなんや。」
「え?...ワシのため...?」
と、またしても何の事か理解できない輝斗に
「なんでもお前の思うようにしたらエエ...」
今度はうつ向いた京太郎が、照れくさそうに言ったのでした。

 輝斗は『...。ホンマにそんなんでエエんかいな...』といぶかしんだのですが、子供の頃、一緒にプラモデルを組み立ててくれた若い父の姿からは想像もつかない年老いた姿を前に、口に出す事はしませんでした。
そんな輝斗の思いを知ってか知らずか、京太郎はうつ向いたまま、
「お前の思うようにしたらエエ、ちゅーこっちゃ」
ともう一度くり返したのでした。

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第一章・第七話 その1「え?しらんかったん?」 ニューヨークまでじきどっせ

『きみも宇宙船で働いてみないか?』
と新聞の求人広告の見出しには書かれていました。

 しかし、仮にも地球を離れて遠い宇宙へ旅立つという一大決心が必要とされるミッションに対して、あまりにも軽すぎるフレーズではないでしょうか?あたかも『きみもサウナで汗をかいてみないか?』といったノリです。しかも、続いて、募集人員の欄には

 宇宙船内での軽作業員及び、あいさに船外にて販売員 若干名
 簡単なロボット操縦者               若干名
 調理人                       一名

とあります。
『宇宙船内にて行う軽作業』とはいったい何をするのでしょう?
『あいさに船外にて販売員』とは?
 京都中から集めた770トンの宇治茶を配達するだけではなく、『時たま』宇宙空間でお茶の販売も行うというのでしょうか?
さらに『簡単なロボット操縦者』とはどんなロボットを操縦しなければならないのでしょう?

 事の詳細を輝斗に知らせず、勝手に『二條輝斗』名義で求人広告を出した当の武士会長は、食事をさっさと済ませて京子やミヒルと一緒になって、一人娘・都々を相手に、ワイワイと楽しく盛り上がっておりました。

「都々ちゃんは、初めて出会った頃のミヤコちゃんに、ジャストライクだね。ミヤコちゃん、リメンバー?」
「イヤ、恥ずかしいわぁ。」
と、年がいも無く顔を赤くする77歳のミヤコに、京子が
「ふふふ...。ミヤコ、あんた憶えてるか?初めて武士さんの車で、雪の金閣寺に連れてもーた日ィ。『ウチも一緒に行くぅ~、お姉ちゃんもハヨ行こぉ~』ゆーて聞かへんかったやろ?」
「うふふっ。忘れますかいな。雪が降らなんだら二人の結婚は無かったかもしれへんなぁて、せんど言うてたやん」
「そうそう。あん時お店の前で、しらんまに武士さんと『雪合戦』してたんやったなぁ」
と、遠い昔の想い出話に花を咲かせていると、ミヒルの膝に座っていた都々が、急に
「えぇ? 昔は、京都でも雪降ってたん?」
と、めいっぱいに目を大きくして、心底驚いた顔をしていました。

 20世紀後半から危惧されていた『地球温暖化』ですが、温室効果ガスを2008年から2012年までに先進国で5.2%削減することが定義された『京都議定書』が2005年に発効された後も、各国の取り組み姿勢には相当に隔たりがあり、目標値には到底届かない結果となりました。
 異常気象が頻繁に発生し、災害が各地を襲うようになってから地球規模での対策がとられるようになったのでした。
 その後、CO2削減は順調に進んだのですが、気温の上昇を留めるに過ぎず、回復するまでには至りませんでした。一度失ってしまった環境はなかなか取り戻せるものではありません。

 2077年現在において、日本で雪が降るのは北海道だけになっていたのです。『本州では雪は降らない』が常識となっている時代でした。
 
 京都で雪が観測されたのは今から50年も前、2027年が最後だったのです。

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第一章・第六話 その3「君も宇宙船で働いてみないか」て?

「ザッツライト。」
と答えた武士会長は、さっさと料理をたいらげ、早くもデザートの『笹巻き麩』にとりかかろうとしていました。笹の葉を丁寧にゆっくりと外し、もっちりとした生麩の感触を指で確かめたあと、かぶりつきました。
「あ~っ、モチモチして、ソーデリーシャス!」
口のなかの食感を全身で表現するかのように身体を揺らしながら、味わっています。
「ああ、おいしかった!
ずっとコレが食べたかったんだよ。」
と、あまりに笹巻き麩をおいしそうに食べる会長を見て、輝斗も思わず手に取ったのですが、自分の手に向けられている会長の熱い視線に気付いた輝斗は、自分の分を仕方なしに手渡しました。

「...。これもどーぞ。」
「OH、いいのかい? 輝斗くんはソー カインドだなぁ...。」
と子供のように喜んでうれしそうに食べる会長の姿を見て、輝斗は『お金があっても現地にこな味わえへん貴重なモンなんやなぁ』と、自分がふだん気軽においしい物を食べられる環境にある事をありがたく思いました。

『いやいや、今はそんなことより、明日せんならんっちゅー面接の事をとかんと...』頭を本題に切り替え、
「そやけど、お父ちゃん。面接はワシで大丈夫なんかいな?
なんか審査基準ゆーか、マニュアルみたいなモンはあらへんのか」
 京太郎を見ると、彼もまた大事そうに『笹巻き麩』を手に取り、会長がしていたように指でつっついていました。会長に取られる前に食べてしまおうというわけでしょう。
「ま、そのへんは、村田くんと相談したってんか?
ああそや、これ」
と、求人広告の原稿を袂オアポケットから取り出し輝斗に手渡しました。

『君も宇宙船で働いてみないか?』
~お茶が好きな人なら、誰でもOK~

・募集人員
宇宙船内での軽作業員及び船外でのお茶の販売員   若干名
簡単なロボット操縦者               若干名
調理人                      約一名

・条件
年齢不問(但し未成年の場合、保護者の同意書が必要)
性別不問(老若男女やる気のある方優遇)
その他、健康で明るい方なら誰でもOK

熱いハートの持ち主、ロボットゲームが好きな人、宇宙旅行に
興味のある方、心よりお待ちしています。  船長・二條輝斗

それを見て、さらに不安を大きくした輝斗なのでありました。

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第一章・第六話 その2「君も宇宙船で働いてみないか」て?

 近所に住む輝斗のもう一人の叔母である京斗(京子・京太郎の妹でミヤコの姉)が駆け付けたようです。

「こんばんは~。
いやー、武士兄さん、お久しぶりどす。京太郎兄ちゃんも元気そうで...。」

 その声を聞き付けたミヤコが顔を出し、
「京斗姉ちゃん、いらっしゃい。ええタイミングやわ。
さ、みなさんも用意できましたんで奥へどうぞ。つもる話は、食べながらにしまひょ」
と、奥の間へと案内しました。

 久しぶりに顔を合わせた二條家一同。めいめいの席についた後、
「ホナ、よばれまひょか?」
と、ミヤコが音頭をとり、一同は一斉に「いただきます」お箸を手にしました。昔の二條家ではごくあたり前だった大家族での食事の風景がよみがえったようです。

 実際のところ女性陣は、食べるのもそっちのけで、よもやま話に花を咲かせています。京子と京斗、ミヤコの三姉妹にミヒル(もともと京斗とミヒルは同級生で親友でしたので、まるで四姉妹のようでした)が加わり、とても賑やかで、笑い声が絶えない楽しいひとときでした。

 そんな中、武士会長がなにかを思い出したようです。
「オウ...。エニウエイ、輝斗クン。
今日、新聞に求人広告を申し込んでおいたから、さっそく明日から面接にかかってもらおう」

 一応武士会長の言葉を聞いてはいるものの、手にした胡麻豆腐に目を細め、じっくり堪能している様子の輝斗は、ゆっくりとお箸を置き、返事をしました。
「新聞に求人広告て...。何の求人どす?」
京太郎あきれたように笑いながら
「宇宙船のクルーに決まったるがな」
と、言いました。

「ええ~? クルーて、ワシが面接せんならんのか?」
「せや、これからお前が、宇宙に商売しに行くんやからな。
そやけど、宇宙での生活を共にする『家族』ともいえるクルーや。
よーよー吟味して考えんとアカンで」
と、言いながら、カブラ蒸しをほおばる京太郎。

「は?。そやけど、新聞の求人で集めた『ど素人』みたいなモンが宇宙行って、どもあらへんのかいな?」
またしても、ややこしい話になりそうな雲行きでした。

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第一章・第六話 その1「君も宇宙船で働いてみないか」て?

 2077年のこの時代、世界に流通しているロボットといえば『おそうじロボット』や『お料理ロボット』『ペットロボット』などでした。やぶらかぼうにアンドロイドといわれても...、と輝斗はいぶかしんでいたのですが、そんな彼の表情などまったく気にもかけずに京太郎は続けます。
「アンドロイドの村田くんや」
「アンドロイドの村田くん?」
「そ、皆『アンドロイドの村田くん』て、呼んでんねん。
こないな高性能のアンドロイドを作れるトコはアメリカにもあらへんかったしなぁ~。無理言うて京都の『村田さん』に、お願したんや!」

「...は?ほんで『アンドロイドの村田くん』」
「そ、『アンドロイドの村田くん』...」
 
輝斗は、『そんな単純なネーミングでエエにゃろか?』と、あきれると同時に、よくよく村田くんを観察してみましたが、皮膚下の血管の透け具合や、ホクロ、ソバカスまであり、人間そのものといった仕上がりです。
しかし、人であれば、誰しも一つや二つはあるであろう「かさぶた」や「傷跡」といったものがまったく見当たらないのでした。
 先程感じていた『気配がない』というのは、なるほどその辺りに理由があったのかもしれないな...と、ひとり納得している様子です。

『ほんで、この村田くんは、いったい何のために造られたんやろ?』と、輝斗が考えていると、すぐさま当の村田くんが輝斗の心中を察したかのように
「船長! 僕は、パイロットです。」
と言いました。

「え?」
人の心が読めるのかと驚いている輝斗に、叔母の京子が
「ふふふ。よーできた子どっしゃろ?この子の『人口頭脳』っちゅーのん?私の記憶やら思考回路やらもデータとして組み込まれてますのえ、ふふふ。
ウチの息子みたいなモンどすわ...」
京子は、まるで我が子を見つめる母のような眼差しでアンドロイドの村田くんを見つめていたのでした。

 そこへ、表の木戸がカラカラカラと開き、白い帽子をかぶった男性が顔をのぞかせました。近所の仕出し屋さんでした。
「おおきに、えらい遅なりましてすんません。
お料理、運ばしてもろてもかましまへんか?」
「おおきにおおきに。こちらこそご無理ゆーてすんまへんどしたなぁ。ホナ、奥にお願いします。」

 仕出し屋さんが奥の間に料理を運び入れ、ミヤコ、京子、ミヒルの三人も手伝い、お膳を組み立てて、その上に料理を手際良く並べていきます。お祝いの席らしく、先ほど買ってきた赤飯もちょこっとずつ添えられました。

 支度が整うまで、会長と京太郎、輝斗、村田くんの男性陣が店の間で話を続けていると、再び木戸がカラカラカラと開きました。

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第一章・第五話 その5「宇宙船でお茶の配達?」 はぁ~??????

「ワシやない! わしゃあんなモン知らん」
自分の姿が映像に流れているのを目の前にしながら、あくまでも自分ではないと言い切る輝斗に、
「さっきの映像は2078年8月、来年の夏に送信されたモンや。
お前はな、これからこれに乗るんや。」
と京太郎はなかばあきれたように言いました。

「ふぅ...。」
輝斗はため息をひとつついて
「ちゅー事はやで、ちょー待ってや。
ワシはこれからあの宇宙船に乗って...。ほんで来年、宇宙からデータを送信する...。そのデータが大昔に受信されてて、それを今、ワシが見てる...ちゅーこっちゃろ?
んあ~、んなアホな! ...そやけどワシ、この宇宙船で何してんにゃ?」

 一応、あらかたは理解しているようです。確かに自分の未来だという映像をいきなり見せられて、すぐに受け入れる事ができる人などそうそういるもんではないでしょう。先ほどの子供のような態度も仕方がないと言えます。

「輝斗くん、今日の君の行動は、まさにブリーリアント。グレートじゃよぉ~
実は、君の船長たる人間資質を見る試験として『770トンのお茶を、即座に集めよ』という課題を、ミーが出したという訳じゃ。ふっふっふっ。」

「あぁぁぁ~っ、」
と声をあげる輝斗に会長が
「つまり、君の人望が試された訳じゃな...。うははははっ
そして輝斗君!、ユーは、見事それをパスしたのじゃ~。
さぁ、行くのじゃ輝斗くぅ~ん!。宇宙にお茶を配達するのじゃ~。」

「くはぁぁっ~。宇宙にお茶ぁ~?。
んん~っ! な770トン。」
今朝からの大騒動がまさかこんな展開になるとは...。
 輝斗は額に手を当て『あいたぁ~、こりゃしてやられた』というように上を見上げておりました。

 その時、唐突に村田くんが大きく右手を上げ、
「宇宙は、京都のお茶を待っている!」
高らかに声を上げました。

 その奇怪な村田くんの様子をちらりと横目で見て見ぬふりをしていた輝斗は、京太郎の耳もとで囁きました。
「...。
なぁ、お父ちゃん。ところでこの村田くんてけったいなやっちゃなぁ。
...いったい何モンなんや?」
「ん? 村田くんか? 村田くんは、アンドロイドや。」

「はぁ?」
『お父ちゃんまでけったいな事ゆーてカラに...。
『アンドロイド』てどーゆーこっちゃ...?』
輝斗にはますます理解できない展開になりそうでした。

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第一章・第五話 その4「宇宙船でお茶の配達?」 はぁ~??????

 3D映像の金髪の女性アナウンサーは、カメラの正面に向き直り、真剣な面持ちでこう締めくくりました。
「そして、2077年の今、すべての開発と製造が終わり、宇宙船『ビッグポッド』の船長を迎える日がやってきたのです。」

~映像は、3Dから平面写真のフラッシュにかわり、若かりし日の京太郎、今現在『二條園』の上空に浮かんでいる『二條園デバー』と同タイプの宇宙船の他、巨大なタンク型の物体や、奇怪な『ロボット』などが次々に映し出された後、さきほど、流された未来からのメッセージ映像に切り替わりました。~

 映像は宇宙船内のコクピットに座り、楽しそうに笑っている村田くんがアップで映されていたのですが、村田くんのしゃべっている相手の声がかうかに聞こえました。
「ビーナス ビーナス...」
とくりかえしているようです。ビーナス...金星のことでしょうか?
「ビー ナス ビー ナス ビー...。『ナースビー』やな! ふっふっふ」
どうやら、一人で言って一人で受けている様子で、村田くんは返答に困っているようです。
 
 しかし、その笑い声はどこかで聞いたことがあると思ったら、それもそのはず...。
次に画面にアップで映し出された村田くんの話し相手とは、
なんと!「輝斗」だったのです。

「えええええええー。ワシ? 今のんワシか?」
映し出された自分の映像を指さし、
「ちゃうで、ワシとちがうで! わしゃ知らんで!」
とその場にひっくり返ってしまいました。
 一方、輝斗の隣ににいる京太郎や武士会長はうんうんと、顔を見合わせて頷きあい、さも平然とした様子です。

「ちゃうちゃう。ワシ、あんなんもんに乗った覚えないで。」
と、口をとんがらがせ、足をバタつかせているその姿は、まるでだだをこねる子供のようでした。

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第一章・第五話 その3「宇宙船でお茶の配達?」 はぁ~??????

 輝斗は『ああっ!』と小声を出し、ホログラム映像に映し出された村田くんと、ホログラムを映写している村田くんを、かわるがわるに見ました。

~映像はアナウンサーと研究所建物の3D映像に切り替わり、金髪のアナウンサーが再びリポートを始めました。~

「その『宇宙からメッセージ』は当初、何かのいたずらではないか?とも考えられ、綿密な調査が行われました。
 その結果『メッセージ』は当時、『東乃宇宙開発研究所』で開発されたばかりの、新素粒子を用いた特許申請直前の『新型モジュール』を利用し、さらなる改良を加えられた宇宙空間通信システムが使用されている事が判明しました。
 機密開発されたばかりのこのシステムが、極めて高いセキュリティーを誇るこの研究所内から漏えいしたとはとうてい考えられず、ましてや実際にこのシステムが使用された映像が送信されて来たということ事態、信じがたいことでしたが、さらに驚いたことに、そのメッセージが送信されたのは『西暦2077年』であると識別されました。
 つまり、2020年の当時に2077年の未来、しかも宇宙空間からメッセージが届いたというわけです。この予測不可能な事実に研究者たちは驚愕の色を隠せませんでした。」
 
 ~映像は研究所内の会議室とおぼしき部屋で、研究者たちが激しい議論が交わしているシーンに切り替わりましたが、アナウンサーの解説は続いています。~

「当時の研究所で開発中の宇宙空間通信システムは、アインシュタインの相対性理論『いかなるものも光速をこえられない』という論理に基づいたものでした。つまり、発信してから受信するまでに、一定の時間がかかる『既存遅延波理論』で構築されていたのです。
 しかしこの『2077年』という未来からの偶然の受信により、新型通信モジュールの新しい可能性を見い出した科学者集団に、大きな発想の転換と数々のヒントをもたらしたのでした。その後、未来から発信した電波を時間をさかのぼって過去で受信する『新先進波理論』を構築するに至ったのです。」

 ~映像は『遅延波』『先進波』の説明が図解で映し出されていました。~

「7年後の2027年、研究所ではこの概念をもとに通信速度が光の壁を超えるという技術を完成させ、例の『メッセージ』を、ほぼ完全な状態で受信する事が可能になりました。
次々に送られて来る『メッセージ』の内容を確認した研究所のCEOである東乃武士は、当時、京都出張所の所長を努めていた『二條京太郎』、通称『ドクトル二條』を開発リーダーに任命しました。大抜擢といえる大胆な人事でしたが、『ドクトル二條』は天才的メカクリエイターとしての才能を開花させ、世界各地から優秀な人材を集めてチームを結成し、映像に映し出されているものを模倣する形で、宇宙船、ロボット等のアイテムを開発製造し、期待以上の成果をあげたのです。」

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第一章・第五話 その2「宇宙船でお茶の配達?」 はぁ~??????

 輝斗には武士会長の言っていることがまったく理解できませんでした。
 2077年のこの時代、地球の周りを取り囲むように数々の『宇宙ステーション』が建設され、『太陽系』の近隣の星々への行き来はされるようにはなっておりましたが、『銀河系』へは、未だ誰一人として到達していないのは広く知られている周知の事実、小学生でも知っている事でした。
 武士会長の話は、世間一般の常識の範疇をはるかに超えていたのです。

 口を開けたまま、ぴくりとも動かない輝斗を見て、京太郎が
「はははっ、輝斗がなんのこっちゃわからんのもしょがあらへん。
ホナちょっと村田くん。『ホロ・プロ』で、例のプレゼン流したって」

「はい、ドクトル二條」

『はぁ?「ドクトル二條」て、お父ちゃんの事かいな?
またタイソな名前つけてもうて...。』
と、輝斗が内心あきれていたその横で、村田くんは右の懐から、タバコのボックスサイズの銀色の箱を取り出しスイッチを押しました。
 
 すると、その箱からひと筋の光がゆっくりと立ちのぼり、光の先が二條園の天井に届いた瞬間に四方に広がり、立方体を形作りました。言ってみれば、3m四方くらいのキラキラした光の箱が突如として店の中に現れたのです。このシステムは、『3Dホログラムプロジェクター』のプロトタイプで、市場にはまだ出回っていませんでした。

 そして、その立方体のスクリーンの中央に、モノクロの球体が浮かび上がった瞬間、輝斗の口から『ほぉ!』というため息がもれました。その鮮やかな3D映像は、輝斗にとってかなり新鮮に思えたようです。
 次に何が映し出されるのかと彼が期待をふくらませて見ていると、その球体に数字の1が浮かんできました。それはまるで大昔のハリウッド映画で流れるイントロダクションが立体になったようなもので、まもなく1・2・3・4と順に数字が映し出され、カウントが始まったのですが、最新鋭のマシンにしては、それはもう何とも古風なものでした。

♪ひー・ふー・みー・よー
   ピーーーーーー

 球体がゆっくりと半透明になり消えたかと思うと今度は軽快なサウンドロゴと共に、ニューヨークの研究所とおぼしき建物と、金髪のアナウンサーが現れ、英語でリポートし始めました。アナウンサーの音声のうえに後から日本語の解説が、音量を大きくしてアフレコされていました...。

「こちらは、『東乃宇宙開発研究所』です。ここでは、1977年の設立以来、宇宙開拓時代に先駆け、人類のための宇宙生活におけるあらゆる研究が行われてまいりました。ところが2020年のある日、『宇宙からメッセージ』が届いたのです。これがその映像です。」

 アナウンサーと研究所建物の3D映像から、当時宇宙から届いたという粗い粒子の平面映像に切り替わりました。

 その発信者は、何かの乗り物の中にいるようでしたが、始めの方の映像では画像の状態が悪く、顔がはっきりとは見えませんでした。やがて画像が徐々に鮮明に映しだされると、その作務衣のような濃紺の宇宙服を身に付け、何か重要な報告をしている様子の青年が、今輝斗の隣にいる村田くんである事がわかりました。

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第一章・第五話 その1 「宇宙船でお茶の配達ぅ?」はぁ~???

 突然みんなから『おめでとう』だの『おきばりやっしゃ』だの、祝いや励ましの言葉を掛けられ、輝斗がわけもわからないままに一種のパニック状態に陥っている時、二條園の店の入口の木戸が再びカラカラカラ...と音を立てて開きました。

「ただいま帰りました。
皆さん遠いところ、よーおこしやしとくれやす。
そやけどまぁ、カドはエライ人ですわ。」
「あぁ、くたびれた。
武士兄さんも、京子ねーちゃんもまぁ...、ごぶさたで...。
よーおこしやしとくれやしたなぁ。」
「お父ちゃんおかえり、ただいまっ。
うふっ...。なんや今日、ウチの前だけエライにぎやかで、祇園祭みたいえ」
と輝斗の妻・弥生と叔母のミヤコ、娘の都々の三人が帰って来ました。

 そういえば、輝斗が帰宅してから家族の姿が見えなかったようでしたが、あまりにも突然の父母や客人との再会で気付いていなかったようです。
 どうやらこの3人でどこかに出掛けていたようですが、この非常事態にいったい何をしていたんだとばかりに
「なんや、どこ行ってたんや?」
と輝斗が不機嫌そうに弥生に聞くと、

「さいぜん、ミヒルお義母さんが帰ってきゃはって、『ウチが留守番しとくさかい、行っといない』て、ゆーてくれはったし...。ちょっとおつかいに...」
と、手に提げていたふろしき包みを見せました。
 輝斗が顔にしわをよせ『そやからその包みはなんなんや?』と納得のいかない顔をすると、

「ふふふ。おこわ(赤飯)ですやん! 仕出し屋さんに、お膳頼みに行った後に、こーてきましたんえ、なんちゅーても今日は、おめでたい席やしねぇ、ホホホ...」と、答えました。

 輝斗がさらに深く顔にしわをよせ『そやからそのめでたい事っちゅーのはなんなんや?』という顔をしていると、叔父の武士会長が口を開きました。

「イヤイヤ、輝斗くん。事情を説明するのが遅くなって、ソーソーリーね。
君は、見事合格したのじゃよ。
さぁ、これからあの壮大な宇宙に旅立つのじゃ!」
と天を指差しました。
...といってもここは二條園の店の中、輝斗は顔をゆがめながら、指さされた天井を見つました。

「はぁ...? 合格ぅ? う、うちゅう? ウチューて、宇宙のうちゅう?」
「ザッツ ライト輝斗くん! 
ユーはもうあの『二條園デバー』をルッキンしたかね?」
「『二條園デバー』をルッキン...? ああっ! あの飛行機?」

輝斗はすっかり気が動転して二條園の上空に浮かんでいる例の飛行物体の事を、すっ~かり忘れていたのでした。

「OH!『二條園デバー』はユーノウね...。んじゃ、話は早い。
『二條園デバー』は宇宙船じゃ。
君はあれに乗って、地球大気圏を脱出。
それから、宇宙に停泊している我が社が誇る巨大宇宙船『ビッグポッド』とドッキ~ング、エァ~ンド、君は船長として『銀河』の星々に旅立つのじゃ~」と、思いっきり両手を広げました。

「はぁ??????」
輝斗の口はアゴがはずれんばかりに大きく開けられていました。

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第一章・第四話 その6「家族、そして村田くん」 みな、おかえりやす!

 20歳前後と見受けられるその青年は、かなりの長身で、二條園の古い木戸を上半身をかがめるようにして入って来ました。店の中に入ると、店内ををめずらしそうに見渡していました。その姿はまるでスーパーモデルかハリウッドスターのようでした。
 しかし、非のうち所がない完璧すぎるその容姿のせいか、なにか他の人とは全く違った印象を輝斗は受けました。どこがどうおかしいというわけではありません。特徴がないというのか、気配を感じないというのか...。どうにも釈然としない何かを感じていたのです。

 青年は自分にむけられている視線の先に輝斗を見つけ、一瞬驚いたような表情をした後に、うれしそうににっこりと満面の笑みを浮かべました。

 一方、笑顔で見つめられた輝斗は『んん...?はて、前に会うた事があったかいな?イヤイヤ、こんな子いっぺん見たら忘れへん...。京子おばちゃんの孫っちゅー訳でもなさそうやし...。』と考えていると、当の叔母・京子が青年の側へ来て、彼の背中にそっと手をあて、輝斗と青年の顔を交互に見ました。

「輝ちゃん、紹介するわ。この子な、『村田くん』てゆーね。」
「はぁ、村田くん...ほぉ~お。」
やはり聞き覚えのない名前でした。

 しかし、村田くんと紹介された青年は、目をらんらんと輝かせながら輝斗のもとに近寄ってきたかと思うと輝斗の右手を両手でギュッと握りしめ、
「船長!! どうぞ、よろしゅーおたのもーします!」
と上下に激しく揺さぶり始めました。

『せんちょー? 船長? 船長てなんや?』
いったい何を言っているんだろうと考えていると

「おめでとう、輝斗くん!」
「おめでとうさんどす、輝ちゃん。」
「輝斗、たのむで」
「船長さん! せーだいおきばりやっしゃ!」
 その場にいた伯父、叔母、父、母の全員が次々に言葉を発しました。

『おめでとうて...? 
何をきばるんや...??
なにを頼まれたんや...???
船長てなんや...????
ワシが船長なんか...?????』
 
 村田くんに手を激しく揺さぶられ続け、もうろうとしてきた輝斗の頭の中は、さらにハテナマークの洪水であふれんばかりでした。

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第一章・第四話 その5「家族、そして村田くん」 みな、おかえりやす!

 父との別れの日、自分の頭をくしゃくしゃにしながら『あんまし帰ってこれへん』と言った父。その日をさかいに13年間、たったの一度も帰って来れなかった父。

 そんな父のことを不憫に思い続けながらも、自分が一人前の大人として、店をまかされるようになるまで一緒にいてくれた母に、改めて感謝の念をおぼえましたが、父の元に行こうとするのには反対でした。

「 .....。まぁ、そうは言うても...。お母ちゃんカテ、いっぺん入ったら出てこれへんかもしれへんにゃで...。もう会えんよーになるかもしれんにゃで」
「そんな事あらへん、お母ちゃんは仕事で行く訳やないし、大丈夫や思う。月にいっぺんは無理かもしれへんけど、半年に一回位は帰って来れるて...。」

 どちらも譲らず、しばらく押し問答を続けた後、二人はだまりこくってしまいました。
 母のこれからの人生は母自身が決める事だという事は理解していましたが、輝斗が心配しているのは、母自身のことでした。京の自然、京の四季、京の風情 ... 。誰よりも京のまちを深く愛している母が、このまちを離れては暮らしていけない...、そういう母を輝斗はよくわかっていたからです。
 
 しかし、輝斗の説得もむなしく、その一ヶ月後
「ミヤコちゃん。輝斗の事...、よろしゅう頼みますわな。」
 ミヒルはミヤコにむかって深くひざにつきそうになるほど頭を下げ、『東乃宇宙開発研究所』のあるニューヨークへと出発してしまったのでした。
 今から思えば、母のあのキッパリとした態度は、近い内にまたすぐ会えると本当に信じ切っていたのかもしれません。

 その母との別れから早や四半世紀もの月日を経た今日、ようやく再会する事が出来たふたりとの別れを思い出していた輝斗は、二條園の店の入口から何やら人の話し声が聞こえてくるのに気付き、『なんやろ?』と表の木戸を振り返りました。

カラカラカラ...と扉が開き、
「ただいま~~~」
と、和装をした上品な老婦人が入って来ました。
輝斗がきょとんとしていると、
「輝ちゃん、京子おばちゃんも、来ゃはったえ」
と、母ミヒルの声。

「え? 京子おばちゃんて...。
アメリカにお嫁に行かはった京子おばちゃん?」
 輝斗が生まれる前に、東乃家に嫁いだ叔母・京子の久しぶりの里帰りでした。続いて立派な老紳士も入って来ました。

「皆さんこんばんは~。
イヤー、やっぱり京子の実家はいつ来てもイイね~
はぁ~ホッコリした。」
老婦人が京子であるならば、この優しそうな老紳士が『東乃グループ』総帥、武士会長に違いないでしょう。

「ってことは...、武士のおっちゃん???? 
うわ~おっちゃんもおばちゃんも...。子供ん時から、みなから話はよーよー伺ってましたけど、いやぁ~はじめまして...」
と、輝斗が目を輝かせたその時、

「こんばんは~、夜分に失礼しますぅ」
と、もう一人、そら恐ろしくなる程に均整のとれた美しい青年が入ってきました。

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第一章・第四話 その4「家族、そして村田くん」 みな、おかえりやす!

 宇宙開発研究所にいる京太郎に連絡を取る方法はただひとつ。
 研究所宛に電子メールを送信すれば、ウイルスチェック・暗号解読等の検閲のため時間はかかるものの、宛先本人に手渡されるシステムがありました。しかし、京太郎からの返信は出来ないため、一方通行ではありますが、それしか手段がないのですからしょうがありません。

 京太郎の赴任したニューヨーク本部で進行中の開発内容は、確かに企業秘密どころか、国家機密と言ってもいい程の大掛かりなものでした。開発リーダーという立場にある京太郎は、家族との会話すら持てない状況を仕方がないと思う反面、やはりひどく寂しいもので、寂しさを紛らわすかのように研究開発に没頭していきました。

 ミヒルも『二條園』の女将となり、忙しい日々を送っていましたが、定休日には必ず家族の近況を報せていました。

 そのミヒルが夫のもとへ旅立つ決心をしたのは、それから13年もの月日を経たある日。輝斗の成人式の様子のメールを、研究所宛に送信した直後の事でした。

 輝斗はといえば、二十歳を迎えたのを機に、店の経営をまかされたばかりでした。
その日は週に一度の休日で、居間で寝転びながらTVを見ていました。
「輝ちゃん...。ちょっと今かまへんか?」
 母はいつもと違う真剣な顔つきで居間に現れました。

「なんや?お母ちゃん。そないコワイ顔して...。」
「ん、そうか? そんな事あらへんえ。
 .....あんな輝ちゃん。お母ちゃんなぁ....。」
「なんやな、なんか言いにくい事か?わしのやり方がおかしいんやったらなんでも直すさかい」
「ふぅ~ん。あんな、お母ちゃんな、お父ちゃんトコ行こかなぁ思て。」
「 ........。ヘ?」
 輝斗は母の表情から、何か店の事で文句を言われるのにちがいないと思い込んでいました。
「あんたが成人するまでは...と、ずっと思てたんやけどな、お店のこともあるし、なかなか決心がつかなんだんやけど....。」
「.....。ほんで?」
「ふぅ~ん。お店のほうは、ミヤコおばちゃんも、てったうサカイ大丈夫やて言うてくれたはるし、
あんたも二十歳になって立派にお店の主人としてやってくれてるし....。」
「ふ.....ん....。」

 輝斗にとってこの13年間は、父のいない寂しさに加え、曾祖父・曾祖母・祖父・祖母と、4人もの家族との死別を経験したつらい年月でした。
 輝斗はお別れの儀式にすら、ただの一度も帰って来なかった父に、すでにあきらめのような感情を抱いており、『お母ちゃんは、いまさら何を言うてんにゃ?』と思っていたようです。ただ、そんな彼の心中を察したかのように母は言葉を続けます。

「お父ちゃんはなぁ...、おじいちゃんやら、みなのお葬式にいっぺんも帰ってこられへんかったやろ?そら、どんなに辛い思いしたはるか...。
あんたは小さかったし、覚えてへんやろけどな。
ニューヨークに行かはる前もな、あんたの運動会見に行けへんよーになったゆーて、ものすご悔しがらはってなぁ...。たっかいたっかいカメラこーてきて『これで輝斗を撮ったってな』て、おじいちゃんに頼んだはったんえ...。
成人式もどんだけ見たかったことやろ...て思たら、不憫でなぁ...。
お母ちゃん、なんかあるたんびに、いっつもその事ばっかり考えてたんえ。」
 ミヒルは十数年あまりも家族やお店をほったらかしにして研究生活を送っている京太郎のことを、恨みに思ったのは一度や二度ではありませんでしたが、夫・京太郎こそ、独り寂しい思いをしているのだと、長年に渡って考えていたようです。

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第一章・第四話 その3「家族、そして村田くん」 みな、おかえりやす!

 そんな大人たちの様子を母・ミヒルの隣に座って見ていた輝斗が急に立ち上がり、向いに座っていた建斗と寿々江の間にちょこんと座りました。

「そうか、輝斗。お前はやっぱりエエ子やなぁ!」
とたんに建斗の顔がパッと輝き、輝斗を抱きしめました。
「そやな。輝ちゃんはカシコイさかいにエエ子でお留守番出来るモンな?」
寿々江もホッとしたように輝斗の頭をなぜました。
 
 しかし、『そら見てみぃ』とでも言わんばかりの顔をしている建斗の腕の中にいる輝斗の口はへの字にまがっていて、父・京太郎を見つめる目にはひと粒の涙さえ浮かんでおりました。
 輝斗には三人でアメリカに行く事は出来ないとわかっていたのです。かと言って、父の京太郎の口から母と自分にここに残るようには言いにくい、いや言えないのだと...。  
 自分がここに残る意思を態度で示せば成りゆきとして母も残ることになり、万事がうまく収まる。子供ながらに大人の事情を理解しての行動だったのでしょう。そんな輝斗の気持ちを察して京太郎は、心の中で『おおきに、かんにんな』とつぶやいていました。
 
 というわけで、京太郎には寂しい話でありましたが、輝斗はもちろん妻のミヒルも京都に残し、単身ニューヨークへ出向する事になりました。

 出発の日、二條一家は家族八人勢ぞろいで空港まで見送りに行きました。京太郎は輝斗に
「お父ちゃんな、これからあんまり帰って来れへんかもしれんけどな、お前のためにセーダイきばってくるしな。ゴリガンゆーてお母ちゃんら困らしたりしたらアカンのやで。えーな!」
そう言って、輝斗の頭をくしゃくしゃにして、京太郎は、独り旅立って行きました。
 
 この時、輝斗は会えないとはいえ、遠くに住んでいる親戚と同じように、お正月とお盆の年に2回くらいは会えるだろうと考えていたのでした。
 京太郎自身もその時点では、プロジェクトの開発内容を知らなかったので、まさかただの一度も帰って来られないような状況に自分が陥るとは考えてもいませんでした。

 しかし、新しい職場である宇宙開発研究所のセキリュティは大変厳しい体制が取られており、情報漏えい防止の為、外部への連絡を取る事は一切禁止されていました。
 家族でさえも研究所内部への立ち入りを禁止されており、妻のミヒルが、何回か訪問した際にも、研究所外部通路の一角に設けられている面会室で、ほんの少しの短い時間を過ごしただけでした。ここまで徹底されていると、まるで研究所は一旦入所したが最後、めったと外へは出れない一種の隔離施設か刑務所のようなところだったのです。

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第一章・第四話 その2「家族、そして村田くん」 みな、おかえりやす!

「京太郎~。セッショーや。わしの輝斗だけは、輝斗だけは連れていかんといてくれ。な!」
と、会議の中で熱く懇願したのは、一家の祖父・二條建斗(62歳)でした。

 建斗には、4人の子供(京子・京太郎・京斗・ミヤコ)がおり、3人の孫に恵まれておりましたが、その中でも、特に輝斗の事を一番可愛がっているのは、誰の目から見ても明らかでした。
名付け親でもあり、唯一の内孫であったからでしょうか。どこへ行くのも一緒で、いろんな所に連れて歩いていたのです。他の孫たちから『おじいちゃんは、輝ちゃんばっかりエコヒイキしてずるい!』と、ブーイングが起こる事もしばしばありました。
 
 そんな時には決まって「うははははっ。そうか?そんな事あらへんで。なぁ、輝斗」と、大声で笑いながら輝斗の頭をくしゃくしゃに撫でる始末ですから、文句をつけた子供達はさらにふくれっつらになりました。そんな夫を困ったものだと祖母の寿々江(62歳)はだまって苦笑いを浮かべて見つめていました。
 輝斗も自分が特別に可愛がってもらっている事はよくわかっており、ふだんから留守がちな父・京太郎よりも、祖父・建斗の方になついていたのです。

「そんなことゆーたカテお父ちゃん。わしニューヨークに行ってしもたら、そうそう帰ってはこれへんねんで」
「そやから輝斗は連れていかんといてくれっちゅーてんのや。ガッコもやっとこさ慣れてきたトコやないか。」
「ほたら誰が輝斗の面倒を見んのんや。」
「そらミヒルちゃんが見てくれるがな。」
「. . .へ. . .?」
 妻のミヒルと輝斗の二人を連れて行くつもりだった京太郎は言葉をなくしました。

「そやけど、ミヒル姉さんが行かへんかったら、京太郎兄ちゃん...」
とミヤコが助け舟を出そうとしたところに、それまでだまっていた寿々江が厳しい口調で断ち切りました。
「ミヤコ!あんたいつまでこの家にいるつもりやの?」

「そやねぇ、おばあちゃんもそろそろミヤコちゃんの花嫁姿をみたいわぁ、なぁおじいちゃん。」
と、一家の曾祖母ときわ(84歳)がつぶやくように言いました。
おじいちゃんと呼び掛けられた曾祖母のエリオット(86歳)は
「ミヤコちゃんの花嫁姿...。OH!そら死ぬまでに見てみたいなぁ」
と目をほそめてミヤコを見つめて言いました。今年27歳になったミヤコは、急に自分の結婚話に話題がふられたので、だまってうつむいてしまいました。

「なぁ京太郎。お母ちゃんカテこの歳やし、今はミヤコも店をてっとーてくれてるサカイええよーなもんの、いつどーなるこっちゃわからへんし...。
ウチもミヒルちゃんにいて欲しいね...。」

『二條園』は代々女将が切り盛りしてきた店でした。エリオットは歴史学者、建斗はパイロット、そして京太郎は科学技術者としてそれぞれ自由きままに外で働いてきましたが、長男の嫁であるミヒルは女将として家業を継いでもらわねばならないということです。
このままではミヒルに鉾先がむけられてしまうかもしれない、嫁としての責任を追求するような事態になるかもしれないと京太郎はだまってうつむいたまま考えておりました。

 家族8人が揃った奥の間には、しばし沈黙の時間が流れました。

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第一章・第四話 その1「家族、そして村田くん」 みな、おかえりやす!

 輝斗の父「京太郎」と母「ミヒル」の二人はアメリカ・ニューヨークに拠点を置く『東乃宇宙開発研究所』で、長年のアメリカ生活を送っておりました。
 三十数年ぶりに、突如として京都の実家である二條園に帰宅した父と母。すっかり年老いてしまった両親の姿を見て、息子の輝斗は遥か遠い昔の幼かった頃の出来事を思い起こしていました。

 宇宙開発研究所をはじめ、数々の企業を多角経営している世界的にも有名な『東乃グループ』。宇宙開発研究部門は、今からちょうど100年前の1977年頃に設立されました。
 以後、来るべき宇宙開拓時代に先駆け、人類の宇宙生活におけるあらゆる研究が行われていました。

 当時の1970年代は、地球寒冷化説が地球温暖化説よりも優勢にたっていた時代でしたが、どちらにせよ『異常気象』が地球におよぼす影響を懸念され始めた頃です。
 

 大財閥である『東乃家』と、一介の個人商店である『二條家』との関係は、今をさかのぼること68年前の2009年、輝斗の叔母にあたる「二條京子」(ミヤコ、京太郎の姉)が、「東乃武士」(東乃家長男)と結婚した事に端を発します。   
 『お茶処・二條園』の看板娘であった京子に、武士が一目惚れしてしまった事が二人のなれそめだということですが、まさに「東男と京女」といった所でしょう。但し、この場合の「東」とはイーストコースト。つまりアメリカの東海岸という解釈ですが...ふふふ。

 
 輝斗が7歳になった2027年。父、京太郎は、義兄となった東乃武士の推薦により、京都東山に位置する『東乃宇宙開発研究所京都出張所』である通称『将軍塚宇宙センター』の所長として就任し、多忙な日々を送っておりました。

 しかし時を同じくしてこの頃『東乃宇宙開発研究所ニューヨーク本部』では、ある異例のプロジェクトが開始されました。
 そこへ、世界中に数多くある出張所の所長でしかない京太郎が、なぜか新プロジェクト開発リーダーとしての特命を受けました。大抜擢の理由は明らかにされませんでしたが、幼少より理工系の道をひたすら歩んできた科学技術者としての優れた一面と、想像力が豊かなクリエイターとしての一面をあわせ持っている希少な人材であったからでしょう。が、実のところは、『生粋の京都人』という事も大きく関わっていたようです。
 いやはや、なぜに『生粋の京都人』である必要性があるのか、現段階ではまったくもって謎でありますが...。
 
 一旦引き受けてしまえば、以後しばらくは京都に帰って来れないような状況となるのは確実です。この春、小学生になったばかりの輝斗と妻のミヒルを連れてニューヨークへ行くことを京太郎は決意しました。

 二條家では、奥の間に家族全員が集い、家族会議が開かれました。
 その時代の二條家は、当時としては珍しい4世代に渡る8人が同居する大家族だったのです。
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第一章・第三話 その5「輝斗おかえり」て、どちらさんどす?

 さて、突然に帰宅した輝斗の両親...。

 父の二條京太郎が高校生だった21世紀初頭。
 かつて任天堂「wii」のオンライン・ゲームプレイヤーが2億人に達した頃に、名うての天才プレイヤーとして「ジョニーK」というハンドルネームを世界に轟かせていたのです。
 そして「イーストコースト」は、いわずもがな「アメリカ東海岸」。
 
「ジョニーKフロムイーストコースト」
 
 50数年前、京太郎が母と自分をなかば置きざりにするようなかたちで出向してしまった宇宙開発研究施設があるアメリカの東海岸...
 輝斗はようやくいままで苦労して解けなかった謎の真相がわかり、パズルの最後のピースがぴたっとはまったような爽快感を味わいました。

「もう~。なんや、二人とも! 最初にひと言ゆーてくれたら良かったのに!」
「ふふん お前をびっくりさしたろ思てな ふがぁ~っはっはっは」

 泣きながら喜ぶ息子を見て爆笑かつ豪快に笑う父、それをあたたかく見守る優しい母のまなざし...。一見したところおかしな光景ではありましたが、三人にとってのこの再会は、あまりにも長い時間を経てようやく実現したものでした。

「お父ちゃんも、お母ちゃんも。おかえり...。僕、長い事待ってたんやで」

 まぁ、何年離れていても、またいくつになってみても、親子は親子。父と母との再会を喜ぶあまり、込み上げてくる少年の頃の寂しかった思い出に、またもや涙する輝斗でありました。

ああ、良かった...。良かったね...輝ちゃん。

 しかしこの時点では、地球の未来を根底から変えてしまう「壮大なる宇宙への旅」に関する概要を、輝斗はまだ何も知らされていなかったのです。彼が「やっとできた!」と、思ったパズルは、これからあかされる一連の宇宙開発プロジェクトのごく一部分、単なる序章に過ぎないのでした。
 
 しかも喜びのあまり、二條園上空に浮かぶ例の『飛行物体』の事なんて、す~っかり忘れてしまっている輝斗なのでありました。

 同じタイプの「超光速移動体」がもう一機。刻一刻と彼のもとに近付きつつある事も、つゆ知らず...。

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第一章・第三話 その4「輝斗おかえり」て、どちらさんどす? 

 輝斗が見知らぬ老紳士に向かって
「...。 どちらさんどしたんかいな...」
と言い終わらない内に

「輝ちゃん。会いたかった」
と、店の奥から老婦人が出て来て、輝斗をしっかりと抱きしめました。
 輝斗の背中に腕をまわし、彼の胸に顔をうずめて「輝ちゃ~ん。輝ちゃ~ん。」とくり返し輝斗の名をつぶやいているその声はくぐもってはいましたが、泣いているように聞こえました。

 とっさの出来事でしばらくの間、輝斗はどうしていいのかわからずに、されるがままにしていましたが、ハッと何かに気付いたようにその老婦人の両肩に手をおき、涙を浮かべている顔を覗き込みました。

「お、お母ちゃん? お母ちゃんか!」
「イヤ! もう輝ちゃん。 お母ちゃんに決まってるやんか。」
 少し落ち着いた様子の老婦人は涙を拭いてちょっと恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべています。
ここ30数年来会っていない母の「ミヒル」でした。

 突然の毋との再会がうれしい反面、まだ信じられないといった表情の輝斗は、改めて、座っている老紳士に向かって、
「...っ ちゅー事は、もしかして...。お父ちゃんか?」
と聞きました。

「...。 なんやお前、気ぃ付かへんかったんかいなー。」
 母が家を出た30数年前よりさらに以前、かれこれ50数年もの歳月を経て帰宅した父「京太郎」は、ほくそえむような表情をうかべています。

「当たり前や。もう...。もう...。50年も、何の音沙汰も無しやったやないかぁ」

 輝斗にはこんな場面で笑っている父の心境が、全く理解できませんでしたが、母に抱きしめられた彼の目には、キラリと光るものが見えていました。
 しかし、そんな彼の気持ちをもてあそぶかのように、ニヤニヤしたままの京太郎は続けます。

「注文書に、ちゃーんと書いといたやろ?
ジョニーK/フロム・イーストコーストて...。」

「えっ...?」
 それを聞いた輝斗は目が点のようになりました。そして

「うぁあぁあぁあぁーーーーーー。お父ちゃんやったんか!」
 と叫び声に近い大声をあげたかと思うと、年がいもなく子供みたいに泣き出してしまいました。

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第一章・第三話 その3「輝斗おかえり」て、どちらさんどす?

 一人は二條園の向いに住んでいる「吉野さん」。
 今どきめずらしく日本髪を結った老婦人で、ずいぶんふくよかな体格をしています。またその顔には、人の良さがにじみ出ているようです。
「えらいすんまへんなぁ。ここ、ちょっと空けとくれやすな」
と、言葉使いもていねいに、やわらかく優しい声で周りの人々に、協力を求めています。

 もう一人は、二條園のハス向いに住んでいる「染井さん」。
 こちらは相当のこだわりでもあるのか、身に付けている物全てが『紫色』にコーディネートされ、特にその「マむらさきの髪」がなんとも印象的な、ほっそりとした体形の老婦人です。なかなかにするどい眼光をメガネの奥から覗かせ、
「ほれ!ここの御主人通らはっサカイ、ちょっと道あけて! 
 ほれ、みな道あけとぉくれやっしゃ。ほれほれ!」
と、こちらは、まるでドラ猫のようなしゃがれた声で、有無を言わさないような迫力ある指揮をとっています。

 お互い見た目は対照的ですが、実は大の仲良しで近所の住人からは『おみきどっくり』と呼ばれています。二條園の『喫茶コーナー』に、ほぼ毎日お茶を飲みに来てはお喋りを楽しんでおり、二人と輝斗はお互いのことを何でも知っている間柄です。この二人の呼び掛けで、人込みはどよめきながらも、なんとか車が一台通るだけの隙間ができました。
 輝斗はその間を「おおきに、すんまへんなぁ」「エライすんまへんなぁ」と群衆にむかっていちいち声をかけながら、ゆっくりと自宅のガレージに進んで行きます。

『はぁ~、ナンギなこっちゃなぁ~』と、心の中でつぶやきながら。

 さて、上空のその物体に『お茶処・二條園』の文字があるからには、この騒ぎが、自分に関与しているという点については、まず疑いようがありません。
 本来ならその非常事態に、動揺しパニックになってしまうような状況でしょうが、その姿はいたって落ち着いているようでした。
 
 何があろうとも『慌てず、騒がず』。
 京の老舗に生まれ育った彼の取るべき行動がこの場面にも自然と出て来たのでしょう。普段と変わらないその態度を目にして、集まっている人々も決して騒ぎたてたりはしませんでした。

 なんとか車をガレージに入れ、ふーっと一息ついてから、ガレージ内に設けてある勝手口から店に入ったその時、

「輝斗、お帰りーっ」
と、彼を迎えたのは、二條園の『喫茶コーナー』の1席に座っていた一人の老人でした。

「ただい . . . ま。 . . . ん?」
反射的に答えた彼ですが、出迎えてくれたこの人物にまったく見覚えがありません。

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